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Jouissons de la vie! 思考・行動を楽しむ!

大学生。読書学部。就活ネタが多いです。自分の考え・行動を書きます。参考になったら嬉しいです!

幸せになる勇気

だいぶ期間が空いてしまった。
自分の中で明確な思考を言葉にするための訓練として、また毎日コツコツとブログのアウトプットを続けていきたい。
やり続けていく中で見えてくるものが大事だと思うから。
 
一昨日、嫌われる勇気の続きに当たる「幸せになる勇気」を読んだ。
嫌われる勇気は2年前に何回も繰り返して読むほど感銘を受けた著作だったので、それの続きが出るということはなんだか流行りにのって出してみました感が否めなくてなかなか手を出すことができなかった。どうせ、同じことの繰り返しだろうし。
 
結論から言うと、読んで本当によかった。
時期が良かったんだと思う。
アドラーの考え方を学んでから期間が長期的に空いたという状況だったのが幸いして、本の中の青年と同様に理解した上でどう実践すべきかを考えながら読み進めることができて大変有意義な時間を過ごすことができた。
 
アドラーの思想はとてもシンプル。
いろんな自己啓発の源流となっているだけあって、そうなったら幸せだろうなということが明確な形で示されている。詳しくは「嫌われる勇気」か「アドラー心理学」という新書で出ている本に目を通せばいいと思う。
 
一番の困難は実践し続けること。
これは思想を知っているから偉いとかではなく、哲学的にそれらを語ることが意味があるわけではなく、実践していくことで実現させなくてはいけないこと。
 
全ての学問においてもこれは言えることかもしれないけれど、特にアドラーはシンプルな考えであるのに対してやることはなぜかとても難しい。
なんというか、今やらなくてもいいんじゃない?と思ってしまう。
本の中の言葉で言うならば、可能性に逃げて勇気を出すことができていない。
 
勇気。
幸せになるとは、自分を信頼して、他者に貢献すること。
貢献感を持つこと。
なんだか昔の宗教や哲学から言われていること。
だけど、それが真理なんだと思う。
小難しい理論などをこねくり回して真理を追い求めても、実は答えは目の前の小さな石だった利するものなんだろうね。
シンプルであることを認める勇気、そしてそれを実践すると覚悟すること。
小さなことだけど、大きな意味を持つことを大切にできる人間でありたい。
そう思うことができるいい本だと思う。
 

ビジネスにおいて成果を出す人間になるには

新社会人に送るなんとかとか、社会に出るとこういう力が必要だとか社会人の方が色々とアドバイスをくれる記事を見かける。
全て正しいと思うし、そういう現実が社会にでたら待ち受けているのも頷ける。
けれど、全てを真摯にやりきるには難しいし、どう身につけたらいいのかも想像ができない。
 
こういう力をつけておくといいよというのは、あるしゅ経験してきたからわかる知識であって、経験していない人がその真意を心から理解して自分の行動に反映することってとんでもなく難しいことだと思っている。
先行投資としてたくさんの知識を手に入れたとしても、それを経験して痛い目を見たり実感として話せるものがある人には負けてしまうわけだから考えすぎない方がいいのかもしれない。
 
でも、成果を出せる人間に早くなって収入を上げたいという気持ちが強くてどうやったら成果を出せるようになれるか模索し続けるのはしょうがないことだと思う。
 
では、成果を出せる人とはどうやったらなれるのか。
それこそたくさんの方法論がある中で自分が一番最優先すべきことだと思っていることは、
「日記を書くこと」だと思っている。
つまりは、自分のことをつなぎとめて記録する習慣をもつことだ。
 
人の考えってとても移り気だし、様々な環境の影響を受けて矛盾的なことを考えてモヤモヤしながら行動に移せないこととかが起こりうる。
頭がいい人は特にそのような気がする。たくさんの成果を出すための選択肢を頭の中に羅列できる分、どう行動するかを決められなかったりするのだ。
 
日記のいいところは、どんなことでも自分と対話する機会を持つことができるということだ。
今の自分がどういうことを考えていて、言われたこととか環境に対してどういう感情を抱いているのかを言葉にして書いていくと決断のための頭の整理がしやすくなってくる。
 
日記を書くときには手書きをお勧めする。
これは経験則からのアドバイスなんだけれど、パソコン等で文章を書いていても何だか自分の頭の整理が完全にできていない気がするのに対して手書きだととても楽にできる。文字を直線的に書かずにも表現できるから考えやすく、そして整理しやすくなるんだと思っている。人によって違うと思うのでやりやすい方でいいと思う。
 
日記を続けていくと、自分の決断のポイントや内面にある直感等が把握できるようになってくる。そうなると、何を求めて自分が成果に向かってやるべきかがわかったり無駄なことに悩む時間を減らすことができるようになってくる。
 
いろんなことを学び続けるのが社会人だと思う。
学生の頃よりも短い期間の中でインプットをして、すぐにアウトプットを続けること。本当の意味で成果を出し続ける人はそういうサイクルが整っている人だ。
ビジネスプロとして学習と発信が実現できる人になること。
それはとても難しいことだけれど、だからこそビジネスは面白いんだと思う。
 
仕事ってただ嫌なことだけじゃないと思っている。
確かに収入を得てそれを生活の糧にするためという側面が強いけれど、
自己実現、長い人生の中での刺激ある日々を作り出す要素だ。
 
それの中で継続的に成果を出し続けて仕事もそれ以外の生活も充実させるために、まずは「日記を書く」ことを習慣に入れていけるといいと思う。
最初は書くのが面倒かもしれないけれど、自分を知ることはとても楽しくなってくることまちがいなしだ。
 

覚悟を決めて、決断すること

最近は人との出会いの運が良くて、同世代で人生を本気で生き抜こうと動き回っている人と出会うことができた。
一つのことを死ぬ気になりながらも実現に向けて努力をして、今は世界を目指して苦しいことがあっても本気で立ち向かっている。
 
大学の友人とか環境から考えると、バカなように熱く本気で何かに打ち込んでいる姿はとんでもなくかっこいい。
普通なら触れ合えないような出会いだったけれど、自分の器が広がったからか語り合う機会を持つことができた。
 
人生の決断期って意外と普通の人は少ない気がする。
環境が用意してくれたものの中から良さげだなと思うものを奪い合って進路を決める。
周囲の環境がこれなら正解だ!といっているようなものを手に入れること。
別にそれを否定するつもりはないけれど、大半の人はそうやって大事な決断をなあなあにしてしまう気がする。
 
決断することって本当につらい。
自分の進む道を決めるために、他の可能性や選択肢を捨てるということだから。
だけど、シンプルに何を追い求めるのか、そしてそれをどうして決断したのかという考え方を環境に求めてしまった人は不幸になってしまうのではないかなと思う。
 
就活の中で会社で働くことがいやだという人にたくさん出会ってきた。
どうしてそうなってしまうのだろうか。
働くことが不幸な人生ってとんでもなく悲しい。
 
好きなことを仕事にしている人が何で幸せで、いわゆる大企業とか名前が目立っている企業に働く大半の人が仕事に主体的になれず不幸せな現状の違いって何だろうか。
俺は決断できているか、できていないかの違いだと思っている。
 
決断して、自分がこうすると決めること。
泣き言いわずに苦しいことがあっても、決めたことを正解にするという覚悟。
覚悟して、仕事をやり切ってやると心から自分の気持ちとして言い切ることが大事なんだ。
それは確実性を持って言える人はいない。
けれど、人が正解だろうなと思っているという理由で選択してしまったらいくら環境とか待遇が良くても不幸になってしまう気がする。
 
人生は先送りにしてはならないものだ。
未来にこうなっていたらいいなってことはまず叶わない。
今少しでも始めるしかないんだ。
覚悟して決断すること。
やらないことを決めて、やると決めたことに全力を注いで今を生きること。
そういう姿が人を動かし、生きるってことなんだと思う。
そんなことを、語り合う中で感じた。

自分が考える大学の勉強・学問の意味 特に文系

現在大学4年。
残りの大学生活も1年を切った。
別に大きな後悔はないんだけれど、最近学問をやりきれていない感がある。
 
大学生はこういうことをやれ!云々カンヌンというのは耳にタコができるくらいに聞いてきた。
学問、バイト、恋愛、留学、サークル、部活、インターンetc…
別に正解はないし、行動しないよりはやったほうがその人のものの見方に影響を与えられるからやる時間があるならやったほうがいい。
けど、中途半端になるなら視野を広げすぎるのもどうなのかなと自分の経験談から考えるとそう思うし、やった人が偉くてやらなかった人がなんだか劣っているものに感じてしまうのってなんか寂しいよね。
 
自分が責任をもってやるとかやらないとかを決めないとこういう後悔につながってしまうのだろう。捨てることを意識することができるのが大事なんだろうね。
 
その点で言うと、学問は自分としてはいままでおろそかにしてしまったフシがある。
大学3年の時はサークルに打ち込むんだと決めていたから後悔は特にないんだけれど、残り少ない学生生活を考えるとなんだかその選択をした自分に少し後悔が生まれたりと、なんか勿体無いなと思う時間があったりした。
 
そこで考えたいなと思ったのが、大学の勉強の意味だ。
学問ってなんだ?
 
みなそれぞれ大学に所属していたら学部と専攻というものをもつと思う。
果たしてみなさんはそれを学び切ったと言えるだろうか?
大多数は言い切れないのではないかなと思っている。
それなりに単位をとって成績も残しているけれど、人生につながっている気はしない。
なんでこんなことになっているのか?
 
こういう感覚を持つ人って今までの高校までの勉強をしっかりしてきた人な気がする。
数学だったらレベルでいうと数3Cまでやれたらやり切っていることになるとか、歴史だったら山川の教科書を全て読みこんでこういう大学の問題は解けるくらいに覚えきれているとかゴールが明確なものが勉強だと考えているんだと思う。
 
俺もそう思っているし、まだそれで大学の学問も判断してしまっているのかもしれない。
けど、大学の学問の目的って「問いを作り出して、答えを導く」という一連の過程を自分でできる人になるための教育なんだと思うのだ。
 
世界にあることって本来答えがないこと。
歴史も事実に基づいて研究してきた人が今できる仮説の中で答えらしいものを仮に提示しているだけ。基礎的な論理的根拠が覆ったら今まで信じられていた事実が嘘ということにもなることだってあるんだ。だから、必要なことって今あることをそのまま受け止めるんじゃなくて、一体それはどういう根拠で成り立っていて、そこに行き着いた論理が本当に正しいのかを検討する力なんだと思う。
 
その力を持った上で、今持っている疑問を作り出して答えを導き出すこと。
この問いを作り出すことが一番難しいことなんだけれどね。
情報がたくさんあればいいわけでもないけれど、情報がないと考えられないという二面性の不安定な中で、問いを作り答えをどういう事実を元に導いていくかを考える力を身につけられたら大学での勉強はできたと言えるのではないだろうか。
 
事実めちゃくちゃ難しい。
はっきりとこういう学びをしたらいいよと言われたほうが楽。
こういう本を読んで、こういうことを考えなとか。
けど、それじゃ世界は何も変わらない。
自分という人間がいた意味がなにもなくなってしまう。
 
今までその専攻に関係しない部分でも読んできた本とかの考え方が積み重なってきたのが自分。
みんないろんな経緯を持って今ここにいるからこそ導ける問いと答えがあるはずなんだ。
 
だから周囲の人の「勉強」ができる人に対してなんか劣等感を持つ必要はないんだ。
必要だと思ったならやるべきだけど、無理はしなくていい。
情報がなくても出せる問いと答えはある。
 
卒論は大きなイベントだ。
なあなあにしてはもったいないとても大切な儀式なんだと思う。
外国と違って日本のように専攻の決まり方が緩い環境だからこそ、答えを導くことが他の国よりももしかしたら価値が出せるものが生み出せるかもしれない。
 

よく言われる人間性の正体と、自分が考える磨き方

お金を稼ぐことって自分のスキルを磨くことじゃない。
それは年収を上げる手段であって、稼ぐことに大きく繋がる訳ではない。
せいぜい稼げても数千万。それも最高峰のスキルを磨いてかつ熾烈な競争を乗り越えた先にあるもの。そんな世界にいき続けられる才能がある人ならばいいけれど、ほとんどの人はそこで戦ったら負け組になる。
 
大きく話がずれるけれど、負け組って言葉すごい嫌い。
人生生きているだけで本当に価値あるもののはずなのに、強者が決めたフィールドで勝てる人だけが喜べてそれ以外の人は無意味な劣等感を味わうことになるのってなんだか不幸。
 
受験勉強も就活もなんで戦いになってしまうのだろうか。
本来なら、内面的な発露から自分がやりたいことの手段として勉強や企業への入社があるべきなのに、一般的にそうならない。みんなが正解と言われるようなものを追い求めて自分にある種の嘘をついて内面の目的にそぐわない努力をしている。
 
一部ではそれではっきりしていなかったことも見つかる人もいるし、就活という制度があるかこそ一般的な人が強制的に自分の進路を本気で考える仕組みになっているのはとてもいいことだと思う。必要なのはその社会の力学にながされるだけではなく、難しくてもそこをチャンスと捉えて自分の内面の声に耳を傾けて真剣に自分の人生について考える機会をもつこと。
 
これってすごく難しい。だってほとんどの人は自分と対面する習慣がないしなかなかそれに向き合う時間を取ることができない。
けれど、今まで会ってきた人の中で自分をもってある種社会的にも個人的にも成功してる人はみんな自分と向き合って内面の感情とか考えを言葉にしている習慣を持っている。
 
だから、人間性を磨くということの第一歩は少しでもまずは自分と向き合って、その言葉にみみを傾けて行く時間を作っていくことだと思う。
 
あと必要なのは、感謝の気持ちを心から生み出せるまで周囲に感謝の気持ちをつづる時間を作ること。今があることって本当に奇跡。お金を払いさえすれば欲しいものが手に入る。無条件でお金があれば交換してもらえることが大半を占めているこの世界に本気で感謝できたら、今を大切に感謝を伝えるために行動をし続けたくなるはずだ。
 
俺はそこまでまだいっていないけれど、得てして本当に資産を作りつつも幸せな人は周囲の関係性に感謝をし、今を楽しく生きることに全力な人たちだなと思った。
 
テーマの通りにいうならば、磨くためにすることとは、
 
1、自分の内面の言葉を書き連ねる自分との対話の時間をつくる
2、周囲の環境への心からの感謝を持てるようになるために、感謝をつづる時間をつくる
 
この2つがとても大切になると思う。
これが習慣化したらあとは自然とマインドも変わって行動も少しずつ、
大きな変化が生み出されてくると思う。
 
自分も覚悟して本気で行動し始めてくるまでとても長い時間がかかった。
けれど、根気よく何ヶ月も続けてくるとそれが心地よくなってくる。
そこからが、人間性を向上させるスタートなんだと思う。
 
みんなが幸せで感謝に溢れた、笑顔の素敵な人たちになっていったら、
日本も世界もより平和で刺激的な日々になると思う。
 
前の記事にも書いたけれど、人の行動原因って不安が大半。
不安を解消するためにやりたくもないことを自分の声を押し殺して続けてしまっている。
そこから抜け出すのってとても難しい。
習慣になっているし、周囲の人も変化しようとすると元に戻れと引き戻してくるかもしれない。
けど、諦めずに動き続けていくしかない。
その変化の先に、絶対に幸せになる生き方があるはずだから。
 
人の人生はとらえかた、認識の違いで多様なものになっている。
どの人も全く同じような考えに至るような人は少ない。
認識を変えよう。
苦しいなら、自分の心に即した安心のする認識を作り出そう。
自分たちなら変えられる。
自分が答えをもっているから。
 

突き抜ける人間になるためには

昨日、とんでもない同世代の男に出会った。
大富豪の近くでかばん持ちを経験し、その考え方を学んだ彼は今本当に自由に生きている。
成功することはシンプルだと明言していた。
まさに最近自分が力を入れて読んでいる成功者の言葉をそのまま実現したような人間だった。
 
笑顔がとても素敵。
今を本気で生きていて、全てに感謝の心を持っている。
話を聞く姿勢は、自分の師匠とまったく同じで心から聞いているとはっきりわかる。
目指すべき人間性を持っている人だった。
 
彼と会うことができたのは本当に幸運に近かった。
たまたま興味本位で参加したコミュニティの隣になったやつの師匠。
今回の出会いも結構なお金を積んでいったけれど、たくさんの得るものがあった。
 
一番はっきりしたのは、答えは自分が持っているということ。
どう決断をして、行動するのか。
行動して、それをどうやって相手のために実現するのか。
 
実現するために動くから叶う。
ただそれだけ。本当にシンプルな真理。
聞いたことはあるけれど実践できていない大切なこと。
 
本当に突き抜けて、自分の人生を実現するには、
臆面もなく、今の恥ずかしがっているような行動できない自分を変えるしかない。
 
環境を変えること。
今を生きている人は死ぬような経験もしている。
死を本当のことのように意識すること。
私はそれを求めてやってきた気はするけれど本当に実現できているのか?
 
最近ずっとぬるま湯だった気がする。
1年前のあの始めてアメリカに降り立った時のような興奮と恐怖がない。
 
自分で自分を追い込む覚悟が必要だ。
実現させるにはどうしたらいいのかを徹底的に考えること。
壁を乗り越えるためにやりきること。
 
人生はもっとワクワクしたものにつくりかえられるはずだ。
そっちの人生を追い求めたいと思っているのだから。
今年はそこに力を入れるんでしょ?
 
運が良いにんげんは行動できる人。
最近運がいいのは動き回っていたからだね。
 
就活はただ面倒なものだと思っていたけれど、真剣にやってきたからこそわかる学びがあった。
就活なんて大きな壁じゃない。
もっともっと大切なものも世の中にはある。
それを追い求めたいと思った。
 

就活の中で影響を受けてきた考え方をまとめてみた

しっかり就職活動を始めたのは12月中旬からはじめて徐々に加速してきて今に至る。
結構長い期間をかけて、内定を取りに行くというよりはどんな企業で自分は幸せになるかを面接を通じて学ばせてもらった感じだ。
数もそんなに受けてこなかったし、就活ブッダさんのようないい情報を知っていても実践しなかった。
それらについては自分の決断だから後悔はない。
 
すごい自分的な記事になってしまうけれど、自分が行動して考えてきたことを整理してみようと思う。
今までの考えの変遷から、どこが大きく変わってどう選択するようになっているのかをまとめたい。
 
一番最初に受けた企業はatraeという企業だった。
なんでうけたかっていうのは、その会社の社長のプレゼンがとても熱を持っていたから。
全くHRの事業に興味は持っていなかったけれど、各自の裁量でわりと自由に働きながら優秀な人と仕事ができる環境なんだなということにとても興味をもった記憶がある。
年収もそれなりに成果を出せば高くなるし、社員での話し合いで決まるというのも公平性がありそうで面白かった。
今考えるとインパクトと組織として面白いこと、成果を出すために単一的なことにこだわらないことが惹かれた理由だった。
 
次に受けた企業はgoodfindというサイトでやっていたfast pass challengeという、
自分のPRを元に興味を持ってくれた企業と面接できるやつで出会った企業たちだった。
今思えば、すごい自分は環境に依存してたね。
人が提供してきたものの中から良さげなものはという視点で、自分が入った後の姿も考えていたけれど会社への貢献、そして会社での働くことからの顧客への貢献まで考えることができていなかったきがする。
feedforce、itokuro、コロプラ、アルー、sansan、ネットプロテクションズとかだったかな。
コロプラ、アルー以外は受けて選考の進んでいった。今思うと本当に受かる気がそこまでなかったと思う。
完全にその利点のみを得る手段みたいなすごい自分勝手な感じだったな。
ここでの一番の出会いはコロプラの人事の上田さんだ。
成果を出せることが正義。ビジネスというのはお金を稼げるためにプロとして働くこと。
社会人になっても学び続けることの大切さ。そしてそれをいかに普通の社会人はやっていないかを熱く語ってくれた。
企業選びにおいて、その業界の規模を見ることの大切さもそこで教えたもらった。
ちらっと彼の年収も教えてもらったけれど、成果をだす人であればこんなにもらえるのかと自分の年収へのとらえかたがまるっきり変わった。目先の年収じゃなくて力をつけて希少な存在になって稼ぎ出す力をつける方が長期的に見て合理的だと考えるようになった。
 
それからはバイトをしながらゆるゆるとワークスアプリケーションの選考に行ってインターン参加権利をもらい、
そのすがらITのインターンに少し参加させてもらいながらもずっと自分のキャリアについて考えていた。
2月に面白い出会いがあったのは、ボールドという会社の福井さんだ。
 
彼もベンチャーで成果を出し続けることによって、数千万を稼ぐ地位に上り詰めた人で、高学歴向けの仕事術とキャリアの選び方について懇切丁寧に6時間以上かけて教えてくれた。戦略として楽しく働ける基準は1200万以上稼げるようになってからだから、そこまでに何歳で到達できるか、そしてその到達可能性が一番高いのは大手のトップ企業でそこに入社するのが一番良い。ベンチャー行くのは20台のうちに成長しきって何かを成し遂げたい人。そして年上もごっちゃ混ぜでマネジメントをする覚悟を持っているかどうかだと教えてもらった。マネジメント力が仕事力の根幹という話はとても腑に落ちたし、ほとんどボランティアで自分の会社の事を棚において自分の今までの経験からの思考術まで伝えてくれたことにとても感謝している。それからは、よりキャリアについて迷うようになったけれど。
 
3月はもうワークスのインターンに打ち込むと決めていた。
ここで入社パスを手に入れるんだと固く決意して。
結果は伴わなかったけれど、たくさんのことをまなんだ。
成果を出すことにこだわる時、いかに人の助けをもらえるかを考えるべきだということ。
そして、成果を出すって時に自分一人でふさぎこんでいる今の傾向をどうにか変えていかないとなかなか社会に出てから苦労しそうだなということ。PDCAを回すサイクルがうまく回せなかった理由を突き詰めていなかったこと。諦めずにインターンで成果を出し切ってやるという思いと、楽しんでやりきるという心構えを周囲の学生に圧倒されて持てなかったこと。つまりは自分の軸を保つことができなかった。これは結構大きな衝撃だった。人は人といえども周囲は気になってしまう。自分がどうしてできなかったのかと攻めることも多かった。考え続けることもそうだけれど、選考でああいった作成物を作るものを一生懸命やった結果が伴わなくて同世代でとてもよくできるやつの発表を聞けたのは自分はこれから力をつけなくてはなと思うきっかけになった。
同じステージで働くのではなくても、社会に求められているスキルを磨いて優秀な奴と共同できるかどうか。
本当に頭のいい人たちの存在を同じ選考の中で知ることができたのはすごい大きかった。
また、自分の就職先について悩むことになる。なんというか、何を求めていたのかわからなくなった。
成長って何?それを判定するのって年収なのか?
会社の制度や相手の求めているものを勘ぐりしすぎて、自分が受けている企業に対して心から受かるつもりで面接に望むことができなくなってしまっていたきがする。なんとなく上の空という感じ。だからことごとく先に進めなくなったのかもな。
 
今はどうなっているか。
だいぶ自分の考えを整理しながらとにかく受かることだけを考えて動いてきたら決断ができてきた気がする。
結局は周囲の人の状況とかはおいておきながら、自分がどの会社の中でどうやって社会に貢献したいかを決断することだけ。
それにいろんな条件があって魅力が異なるかもしれないけれど、お金をもらったとしてもその会社の事業と目的に対して賛成、そして関わりたいと思わないと不幸だなと思うようになってきた。
ワークスは確かに魅力的。お金もたくさんもらえるし、優秀な頭のいい人も多数いる。
けど、それってなんというかただの条件なんだよね。それで自分が働きたくなるのか。成長とっているけれど、それは自分の目的にかなった成長の方向性なのか。とより本質的な自分の向かいたい方向を考えるきっかけを与えてくれた。
もし内定パスが与えられていたら、それで満足して条件だけで企業を決めきってしまったかもしれない。
 
ある種、不安な状態に再度放り投げてもらえたことで真剣味をもって働くことについて考えることができた。
成長っていうのは自分でするもの。会社に求めるものじゃないと思う。
自分が成長すると覚悟できるか。そのステージで成果を出すと決められるか。
そして、それが賞賛して価値観として受け入れてくれるところであれば幸せな働き方ができると思う。
まだ本気で社会にでたことはない。
だからこそ、成長は自分一人でもできる。ただ、それを賞賛してくれてそれが会社の方向性と成果とマッチングしているところだと何倍も人間的に成長できるんだと思うな。人との共同的なものが仕事でありビジネス。そしてそこに面白さがあるはずだから。
 
現在受け始めているところで、ここから内定をもらったら後悔なく就活を終えられるところが出てきた。
決断したからだ。いたってシンプル。ここまで来るのに自分としては長い時間がかかった気がしていたけれど、それも勉強。
就活に何を求めているかも人それぞれになっている。俺が求めているのは、自分に安定性を作り出すために頑張れる環境。
もっと具体的な言葉にし続けて行くけれど、最近は再度就活が楽しくなり始めている。
主体性がもっとも重要だぜ。